自然災害と、気づかされること

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自然災害で気が付いたこと。

ニュースを見ていると、ここ最近の日本や世界の気象が明らかに「異常」だと感じる。 関東では千葉県を中心に地震が続き、その直後には台風による大雨で大洪水。 中部では名古屋や岐阜が記録的な豪雨に襲われ、昨日は福岡が大雨で街が水に沈んだ。 熊本では10年ぶりの大震災が起き、その後に大雨と猛暑が重なるという過酷な状況。 そして今日は石川・富山で大雨による大洪水。 海外でもネパールの大洪水の映像が流れていて、まるで地球全体が悲鳴を上げているように見える。

これだけの災害が頻発しているのは、情報化社会だからこそ「知ることができる」という側面もある。 しかし同時に、情報があるからこそ早めに避難できる命もある。 良い悪いではなく、ただ事実として、情報が人を守る時代になったのだと思う。

そして僕自身、災害が起きている地域の“すぐ近く”に住んでいることが多い。 大きな被害を直接受けることはほとんどない。 そのたびに思うのは、「本当に守られている」という感覚だ。 自分が住んでいた地域で災害が起きている映像を見ると、胸の奥がぎゅっとなる。 それでも無事でいられる現実があって、そこに神様の存在を強く感じる。

神様、いつもありがとうございます。 今日も生きていることに感謝します。

今できる寄付を続ける理由

被災した方々が少しでも安心できる空間を取り戻せるように、僕は「今できる寄付」を続けていこうと思っている。 大きなことはできなくても、誰かの心が少し軽くなる支援なら、今の自分にもできる。 寄付は“善行”というよりも、“祈りの延長”のようなものだと最近は感じている。

災害は止められない。 でも、苦しむ人を一人でも減らす行動はできる。 その積み重ねが、未来の安心につながると信じている。

小さな祈りを胸に

自然災害が続く中で、僕はただ静かに思う。 「どうせ上手くいく。必ず復活できる。」 この言葉は根拠のない楽観ではなく、これまで何度も守られてきた経験から生まれた確信に近い。

今日も生きている。 それだけで十分に価値がある。 そして明日も、生存する。

「痩せたことで、思わぬ変化が起きてる」
「自己紹介はこちら」
「急に親知らずを抜くことに」
「諦めなかった先に見える景色を信じて」
「軍資金ゼロ、自分軸だけで1500万」
「お金が尽きたとき・・・・・」
「おまけが資産になる日・・・」
「小さい喜びがあると反射で起きること」
「からだを労わること」
「夢の考察をAI軍師と話す」
「夏至点」
「道を開く・道を導く神社の朔日参り」
「立秋点」
「青竜返首と祐気取り」
「青竜返首と祐気取り2日目」
「青竜返首と祐気取り馴染ませ期間」
「お盆の時期に思うこと」
「お盆を自宅で過ごすということ②」
「お盆にふと思い出したこと③」
「お盆最終日の送り灯④」
「まどろみの中の声」

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