先月の長雨が嘘だったかのように、ここ最近は天気の良い日が続いている。今日も快晴。ただ、風はかなり強めだ。 昼過ぎから勉強会があるので移動を開始した。初めて来るエリアということもあって、気分もどこか違う。
今日の勉強会で聞かせてもらった「投資3世代の物語」
今日の勉強会では、こちらが学ばされる場面があった。 参加されたのは 70歳近い女性。マンションで一人暮らしをされている方だ。
その方のお母さまは長年投資を続けてこられたそうで、 ご自身を含めた 三姉妹に2,000万円の資産を残してくれたという。
しかし、その資産の使われ方は三者三様だった。
- 自分の代で資産を終わらせた人
- 資産を食いつぶしてしまった人
- 逆に資産を増やした人
同じスタート地点でも、次の世代で資産が残るかどうかはまったく違う結果になっていたそうだ。
興味深いのは、 そのお母さまは決して「お金持ちの家系」ではなく、 自分の代から投資を始め、失敗を繰り返しながら運用を続けてきた人だったということ。
晩年まで投資を続け、試行錯誤しながら積み上げてきた資産。 それが次の世代でどう扱われたか――そのリアルな話を聞かせてもらった。
資産は「額」ではなく「リテラシー」で決まる
話を聞いていて、僕は深く納得した。
資産があっても、引き継いだ人間にリテラシーがなければ続かない。 どれだけ大きな資産でも、せいぜい自分の世代まで。 その次の世代まではもたない。
一番大事なのは「金融リテラシー」であり、 これは“教育”として必要なものだと強く感じた。
商品や銘柄を教えても意味がない。
- なぜその投資が必要なのか
- なぜその資産が生きるのか
- なぜ資産が増えるのか
この“なぜ”の部分を理解していれば、 商品や銘柄は自分で選べる。 再現性があるのは「考える力」であって「商品」ではない。
なぜ世代をまたぐと資産が消えるのか
親子の世代なら、同じ時代を生きているから市場環境が似ている。 だから、多少リテラシーがなくても大きな誤差は出ない。
しかし、さらに次の世代になると、 市場環境はまったく別物になる。
リテラシーがないまま「商品主体の投資教育」を受けてしまうと、 その変化に太刀打ちできるはずがない。
今回の話は、まさに「4世代の投資の物語」だった。 これを今自分がやっている活動に当てはめると、 僕らが提供しているものは 再現性があり、世代をまたいで価値が残る教育 なんだと確信できた。
この気づきをいただけたことに感謝したい。
神様、いつもありがとうございます
今日の学びは、僕にとって大きな意味があった。 こうして日々の経験を積み重ねながら、また一歩進める。
神様、いつもありがとうございます。 今日も生存する。
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