今日は夏至の日。一年で一番昼が長い日で、ここから少しずつ昼の時間が短くなり、暦の上では冬へ向かっていく。不思議なものだ。季節はこれから夏本番に向かっていくのに、暦は冬へ向かう流れに入る。そう考えると、季節の移ろいは本当に速い。
今年の夏至の頂点は夕方の17:25。太古の人々はこのタイミングを大切にし、祈りをささげてきたという。しかもそれは世界中で同じように行われてきた。冬至点で願いを放ち、夏至点で折り返し、軌道修正をする。そういう節目の力を信じてきたのだと思う。
今年も、いつものようにさとうみつろうさんのエネルギーワークに参加した。ありがたいことにYouTubeで中継されていて、5000人が集まる会場と世界中の参加者が同じ時間に瞑想し祈りをささげる。日本は夕方でも、他の国は夜だったり早朝だったり、毎年違う。そのこと自体が奇跡のようだ。
今回手放したいと思ったこと
- 決めることを手放す
- お金持ちを手放す
- 苦しいを手放す
- 卑怯者を手放す
なんとなく浮かんできたテーマだった。
ただ、「手放す」と言っても「苦しいを手放します」と宣言するだけでは、それは抑圧になるらしい。 苦しいことの良いところを探し、感謝し、「苦しくても苦しくなくてもどちらでもいい」と思える状態。それが本当の手放し方だという。
正直、みつろうさんのワークは哲学的で、僕のように考え込みやすいタイプには難しい部分もある。素直に感じ取れる人の方が上手くできているように見える。でも、瞑想が始まるとピアノの音と語りに誘導されて、自然と深く入っていける。
地球の誕生から先祖、祖父、父、母、そして自分へと続く流れを俯瞰していくワークの途中、気づいたら右目から涙が流れていた。夏至点を過ぎ、目を開けてくださいと言われた瞬間、左目からも一気に涙があふれ、両目から止まらなくなった。
今回のワークで、なんとなく「手放せた」ような感覚があった。 正確には、手放すというより「委ねる」ことができた気がした。
手放しの解釈が変わった
- 決めることを手放す → 自分には決定権がない。もう任せた。
- お金持ちを手放す → その道を歩いているのだから、いずれ到着する。
- 苦しいを手放す → そんな時期もある。あとは楽しいだけ。
- 卑怯者を手放す → そういう人もいる。何か言われても仕方ない。
最近、自然とこういう感覚に近づいていた気がする。 決まらないことは仕方ない。自分ができる領域ではないのだから、あとは相手のタイミング。もしかしたら、その相手ではないというサインなのかもしれない。
お金持ちも貧乏も同じ。願っても仕方ない。決めているのは神様で、まだそのタイミングではないだけかもしれない。好調の波に乗る前なのかもしれない。
暦のように進んでいる
コミュニティのことも、半年間やってきてちょうど軌道修正のタイミングで話ができた。暦のように進んでいる気がする。軌道修正があるからこそ、前に進んでいる証拠だ。
昔の僕なら、ズレが起きたら不安で仕方なく、全部自分の意見に無理やり着地させて、責任を背負って先頭を走ろうとしていた。でも今は、他人の力を借りられている。それは大きな進歩だと思う。
ただ、心のどこかでは「早く現状が好転してほしい」という強い願いがまだある。 これを手放し、委ねることが自然にできるようになりたい。
神様、いつもありがとうございます。 明日も生存する。
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