人を見ていると、同じようにスタートしていても 継続の差 が徐々に表れ始めていると感じる。
継続できていない人ほど、常に新しいものに飛びつき、決まってこう言う。
「今度のは凄い。大丈夫。」
僕からすると、 「何が?大丈夫で、何が?凄いんだ?」 としか思えない。 なぜなら 根拠がまったくない からだ。
現状が何も進んでいない。 これがすべての原因だ。
現状が変わらないと、人は継続できない
多くの人は “土の上に見えている部分” だけを見て評価する。 植物で言えば、葉や茎の状態だけを見て判断しているようなものだ。
でも本当に大事なのは、 土の中でどれだけ長く、広く、根を張り巡らせているか そこは誰にも見えない。
見えない部分を育てられない人は、ビジネスでも詐欺のようなものを転々とする。 根がないから、どこにも定着できない。
継続していると「点」が「線」になる
逆に、継続をずっと続けていると、最初は意味が分からなくても、だんだんと分かってくる。
点と点がつながり、線になる。
「あ、だからこれがそういうことなんだ。」
と、自分で理解できるようになる。
継続の内容は本来とても簡単だ。 スポーツでも同じで、基礎訓練は誰でもできることしかメニューに入っていない。
それだけで十分なのに、人は専門用語や複雑な作業を言われると「やった気」になってしまう。 意味のないことばかりやる。
迷路に入り、時間を失う人たち
意味のないことを続けているうちは、永遠に同じ迷路から出られない。
そしてそのうち、 一番大切で、一番時間が必要なものを失ってから気づく。
その時にはさらに時間が必要になる。 なんと勿体ないことだろう。
分かれ道が見えてきた
今、まさにその分かれ道が見えてきている。 ある意味では面白い。
神様、いつもありがとうございます。 明日も生存する。
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