時代を感じる違和感

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アニメを観ると時代の風土がわかる。

最近、ふと思うことがある。 僕は今どん底で苦しい。同じように苦しみながら、復活を目指して必死にもがいている人たちもいる。その姿をSNSで見ると、本当に励みになる。

でも同時に、少し心配にもなる。 あれほど自分をさらけ出して大丈夫なのだろうか? もちろん、どんな方法でも良いとは思う。けれど、あの状態を人前にさらして傷つかないのか……そんなことを考えてしまう。

僕が選んだ道は、人に触れず、水面下で淡々と遂行する道だ。 過去に2回どん底を食らい、そこから2回這い上がった。そしてまた同じことを繰り返し、3回目のどん底に落ちた。 次こそは絶対に同じことを繰り返せない。

本当は諦めて、このままどん底で生きていこうとすら思った。 でも、それができなかった。 きっかけをくれたのは若い人たちの力だった。 勇気をもらった。 「もう一度だけ復活しよう。これを最後にしよう。」 そう決めた。

だから今回は、今までと同じやり方ではなく、まったく違う舵を切った。 それから半年が経った。 変われただろうか……不安になる。 やったことのないことに挑戦しているから、わからない。 それが不安の原因だ。

アニメを見て気づいた“時代の違和感”

そんなことを考えながらAmazonプライムで動画を見ていたら、ふと思った。

「僕の時代のアニメと今の時代のアニメって……違いがある。」

そう思うと少し楽しくなって、最近の有名なアニメをいくつか観てみた。 もちろんどれも面白いし、続きが気になる作品ばかりだ。

でも、ひとつ“法則”のようなものを感じた。

最近の若い子たちが「これ観たほうがいいよ」と勧めてくれるアニメの主人公は、総じて“弱い”。 というか、等身大。 口では大きなことを言うけれど、ピンチになると弱い。もどかしい。

僕らの時代の主人公は違った。 ドラゴンボール、ワンピース、スラムダンク、バガボンド…… いわゆるジャンプ世代の主人公は“強い”。 何度も負けて、何度も立ち上がり、鍛錬と継続で強くなっていく。 まさに“かっこいいヒーロー”だった。

一方で最近の男性主人公は弱い。 悪く言えば“口だけ”。 これは確かに現代の男の子の姿に近い気がする。

女の子主人公のアニメに感じた衝撃

逆に、女の子が主人公の最近のアニメを観てみると、驚くほど男性に大切にされている。 まるで昔のディズニー映画のプリンセスのようだ。

このギャップには本当に驚いた。

実際の社会でも、若い女の子に聞いたことがある。

「同世代の男の子には本気になれないから恋愛できない。」

これはまさに、最近のアニメの構造と一致している。 男の子と女の子で“理想”がかけ離れている。

だからこそ、女の子に流行っている“推し活”は理にかなっていると思う。 ある意味、良い時代になったと感じる。

僕が復活を目指す理由

僕が人生をかけて復活しようとしているのは、 「おじさんでも、まだまだ年下の女の子と恋愛が可能だ」 という分析ができたからではない。

もっと深い理由がある。

僕は2回離婚している。 本当に苦しかった。 でも、その経験で分かったことがある。

人生をかけて大切な人を守るには、口先だけでは守れない。

若かった。 何もわかっていなかった。 だから精神がつぶれた。 お金もなかった。 本当に苦しかった。

だからもう同じことは繰り返さない。 必ず土台を手に入れる。 大切な人を守れるだけの資産を手にして、堂々とこの後の人生を歩みたい。

良い時代に生んでくれた両親に感謝している。 まだまだ、やれる。

神様いつもありがとうございます。 明日も生存する。

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