お盆を自宅で過ごすということ②

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お盆を自宅で過ごす。ご先祖様が入れ代わり立ち代わり来てくれる。

お盆の季節。 改めて思うのは、自宅でお盆を過ごすという体験を、子供のころ以来ほとんどしてこなかったということだ。

一人暮らしだからという理由ではなく、 「お盆を家で静かに迎える」という感覚そのものが、 これまでの人生にはほとんどなかった。

でも今年は違う。 家系のこと、ご先祖様のこと、自分の役割のこと── それらが一気につながり始めた年だからだ。

本当は女性と会う予定だった

今日は本当は女性と会う予定だった。

前日に時間の確認をしたところ、 先方のスケジュールがかなりタイトだった。

僕としては問題なかったけれど、 念のために「ずいぶんとタイトなスケジュールだね?」とLINEを送った。

すると返ってきたのは、

「初盆なので、このぐらいの時間になりそうです。」

という言葉だった。

初盆なら、なおさらゆっくり過ごす方がいい。 それに最近、体調が良くないと言っていたことも思い出した。

だから僕はリスケすることにした。

若い頃の僕なら、こんな配慮はできなかったと思う。 相手がどう感じていたかは分からないけれど、 少なくともそのやり取りの中で、僕はそう判断した。

結果的に、お盆の2日目はぽっかりと予定が空いた。

お盆の朝、玄関で線香を焚く

起きてからまず、玄関で線香を焚いた。 そしてお祈り所で、いつものように般若心経を唱えた。

今日はきっと、 ご先祖様がかわるがわる来てくださる そんな気がしたからだ。

こんなふうに「ご先祖様が来てくれる」と感じながらお盆を過ごすなんて、 これまでの人生では一度もなかった。

これも何かの変化なのだろう。

お供えのお団子を「おさがり」としていただく

お供えしていたお団子が少し硬くなってきたので、 順番におさがりとしていただいた。

なんだか、ご先祖様と一緒に過ごしているような時間だった。

特別なことをしているわけではない。 ただ静かに過ごしているだけなのに、 「今もそばにいてくれている」 そんな感覚がある。

同じ空間にいるような、 そんな不思議な夜だった。

卑怯者からの連絡が来ても、淡々と対応する

そんな時間の中でも、卑怯者からの連絡はたくさん入ってくる。

でも今は、淡々と機械的に対応することにしている。 感情を込めれば込めるほど、こちらが損をする。

「なんで全部が僕の責任なんだ?」 そう思うこともある。

本当はこっちが攻撃したいぐらいだ。

でも今はまだ泥水をすすってやる。 いつか必ず、立場をひっくり返す。

そう思っている。

だからこそ、 ご先祖様のお力が必要なんだ。

今日の締めくくり

神様、いつもありがとうございます。 明日も生存する。

痩せたことで、思わぬ変化が起きてる
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「諦めなかった先に見える景色を信じて」
「軍資金ゼロ、自分軸だけで1500万」
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「おまけが資産になる日・・・」
「小さい喜びがあると反射で起きること」
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「道を開く・道を導く神社の朔日参り」
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