人は失って初めて気が付く

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人は失わないと気が付かない

人は、失って初めて気が付く。 このタイトルのことは、いつか必ず書こうと思っていた。きっと今後も何度も書くことになる。 でも今日、あえてこのテーマを言語化したのは、今の自分自身に向けたメッセージになると思ったからだ。

若い頃、親や年長者が言ってくる言葉は、ただの小言にしか聞こえなかった。 「そんなことになるはずがない」「何十年も先の話だから関係ない」 そう思って、聞き入れずに生きてきた。

しかし、40歳、45歳と年齢を重ねるにつれ、ようやく分かることばかりだ。 「こんなことすらも?」と驚くほどに、若い頃には気付けなかったことが多すぎる。

若さもまた、失って初めて分かる

若い肌、若い歯、若い目、若い内臓。 これらは、若い時代があったからこそ気付かなかった。 「もっとケアしていれば、もっとゆっくり劣化していたのに」 そう思うことが増えた。

ビジネスも人間関係も同じ

若い頃は勢いで乗り越えてきたつもりだった。 いや、違う。乗り越えたと錯覚していただけだった。

本当に乗り越えていたなら、同じことを繰り返すはずがない。 でも現実は、また同じことを繰り返している。 つまり、越えていなかった。 ただ後回しにしていただけだった。

この数日、そんなことを繰り返し考えていた。

失うことで手に入る「経験」という財産

もし僕がここから人生を復活できたら、 人生で本来なら経験しなくてもいいほどの経験を手に入れることになる。

その経験は、きっと僕を「本当の意味で優しい男」「包容力のある男」にしてくれる。

世間では「優しい男が好き」「包容力がある人が好き」と言われるけれど、 そんな若い男は基本いない。 年を取っている人でも少ない。

なぜか? 本当に苦しくてピンチの時に、女性を守れる男はほぼいないからだ。 守れない。 一緒に苦労しようと頑張っても、最後は逃げる。 経験した人間の強さには勝てない。

父の背中から学んだこと

僕の父親は、一生懸命家族を守っていた。 でも、健康を失って気が付いた時にはもう遅かった。 60歳で亡くなった。

守ることは素晴らしい。 でも、守り方を間違えてはいけない。

電車で例えるなら、 「東京に行きたいのに大阪行きに乗っている状態」。 間違いに気付いても「大丈夫、なんとかなる」と言っているだけ。 一回止まって乗り換えればいいのに、それができない。

人生ではこれが本当に難しい。

人は軌道修正ができない

東京行きに乗っていれば、疲れて寝ていても目的地には着く。 でも大阪行きに乗っていたら、どれだけ頑張っても方向が違う。

そこに甘い言葉を言ってくる人が現れる。 「大丈夫ですよ、大阪に着いたら飛行機に乗り換えましょう」 そんな詐欺師のような言葉に乗ってしまう。

人生はこんなことの繰り返しだ。 そして失った時間は戻らない。 時間もまた、失って初めて気が付く。

他責にする人は一生変われない

電車を間違えたことを他人のせいにする人が多い。 「自分はその話に乗っただけ」 こんな人は一生同じことを繰り返す。

僕はそうならない。 自分で決めたことに責任を取れないことは絶対にしない。 そんな年長者にはならないと強く思った。

今日は、そんなことを深く感じた一日だった。

神様、いつもありがとうございます。 明日も生存する。

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