将来設計とは何か

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将来設計っていつ決めた?

僕は20歳前後でも、30歳になっても、40歳を過ぎても「将来設計」というものをまともに描けていなかった。 正直、日本人でこれを本気で考えている人ってどれだけいるんだろう……と今でも思う。

世代によって価値観も環境も全く違う。 最近の若い子たちは「将来が不安」と口に出せる文化があるから、悩みが表面化している。でも僕の時代ではそんなことは言えなかったし、言う人も周りにいなかった。

団塊の世代の父親

僕が20代で就職氷河期の真っ只中に社会に出た頃、父親は50歳でバリバリのビジネスマンだった。

今でも覚えている。 母親に「父親の給料ってどれくらいなの?」と聞いたことがある。 当時の僕はお金のことなんて考えたこともなく、資産運用なんて発想すらなかった。

母親が言った数字は、月に60〜70万。 ボーナスは夏冬で数百万。 つまり年収は数千万。

その時の僕の給料は14万程度。 20歳そこそこだったとはいえ、父親の年収を聞いた瞬間、 「どうしたらそんな数字になるんだ?」 と恐ろしくなったのを覚えている。

父親はよくこう言っていた。

「お父さんぐらいの給料もらってる人はごろごろいる。むしろ少ないほうだからな、ははは」

もちろん時代もある。 休みもほぼなく、ずっと走り続けていた。 働いて働いて、夕方は飲んで遊ぶ。 それが団塊の世代の“当たり前”だった。

僕が受けた最初の衝撃

現実問題として、僕の上司を見てもそんなに給料をもらっているようには見えなかった。 そこで初めて感じたのが、

「働くには才能がいるんじゃないか?」

という恐怖だった。

父親はマイホームを建て、マイカーを買い、子供を2人育てた。 人生設計をしていたのだろうか? 直接聞いたことはないからわからない。

でも、現代の日本で人生設計を本気で考えている人は、正直少ないと思う。

アメリカの選手たちの「人生設計」

僕がアメリカをすごいと思ったのは、メジャーリーガーだけじゃない。 マイナーリーグの選手たちも人生設計ができている。

日本のプロ野球や下部組織の選手は、戦力外や引退になると「野球しかやってこなかった」から、ビジネスマンと同じで“潰しが効かない”状態になる。

でもアメリカは違う。

  • 野球に全振りしていない
  • 勉強できる環境がある
  • 周りに人生設計の見本がいる
  • 引退しても他の手段がある

元ソフトバンクの川崎宗則がインタビューでこう語っていた。

「引退するって聞いたら、もったいない、残念だよ〜って声をかけたら、 みんな『一つの手段が終わっただけだよ?他にビジネスもやってるから』って言うんだよね」

これを聞いて僕は思った。

「さすが、メジャーだ」

資産と道具を理解している。 人生設計ができている。 生き当たりばったりじゃない。

僕は今になってようやく向き合い始めた

この年になって、ようやく「将来設計」というものに向き合うようになった。 それを気づかせてくれた神様に感謝している。

神様、いつもありがとうございます。 明日も生存する。

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