他人というのは、本当に身勝手なものだ

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自分勝手な人。配慮がない人。

他人というのは、つくづく身勝手だと思う。 もちろん逆の立場から見れば、同じように僕も言われるのだろうけれど、それでも思う。

自分の意見だけを押し込んでくる人間の多さ。 年齢を重ねれば重ねるほど、その傾向は強くなる。 自分が歩んできた道こそ正義だと、剣を振りかざすように語る人の多さに驚く。

「もう少し、相手への配慮はないのか?」 そう思う場面が本当に多い。

分かり合えない領域というものがある

ある提案をしていた時のことだ。

「ある方法でメンバーを作り、実績を積み上げる。その後に企業へプレゼンし、仕事につなげていく。」

そう説明したあと、返ってきた質問がこれだ。

「企業がどこも振り向いてくれなかったらどうするんですか?」

……いや、それは質問になっていない。 最初からうまくいくことなんて、この世にはほとんど存在しない。 だからこそ“実績という事実”を作りましょう、と提案しているのに。

案の定、この会話は一向に着地しなかった。 完全に“分かり合えない領域”だった。

思考の違いなのかもしれない。 その割には怪しげな話を聞いて「すごい」と言って周りに吹聴している。 典型的な“目先だけを見るタイプ”。 しかも男性に多い。

人の意見を聞かない。 自分が正しい。 肩書がすべて。

何も分かっていない。 僕は本当に苦しんできたし、たくさんの現実を見てきた。 だからこそ、世間で語られる“張りぼての成功談”があまりにも脆く見える。

雨の日のスタバで見た、もう一つの光景

今日は雨だった。 スタバで相場を見たり、動画を見たりしながら静かに過ごしていた。

そこへスーツ姿の男性が2人やってきた。 聞くつもりはなかったが、声が大きいので自然と耳に入ってくる。

どうやら面接の案内のための顔合わせらしい。

年配の男性がこう言っていた。

「運が良いよ。うちはトヨタの系列だからね。君の雰囲気も良い。今から社長に電話して日程を決めよう。」

車の話、ITの話、若い子が多いから働きやすいという話。 そして極めつけは、

「私は元々、トヨタの上のほうの人間だから。」

……聞いているこっちが恥ずかしくなる。 年齢を重ねた人間が肩書を語り続ける姿。 本当か嘘かも分からない。 仮に本当だとしても、肩書で語る元従業員という構図が痛々しい。

だったらなぜ今も働いている? なぜスタバで面接の話をしている?

こんな人間、ゴロゴロ見てきた。 今日もまた一人、目の前に現れただけだ。

新卒者はベンチャーに行かないほうがいい

僕が思うに、新卒者はベンチャー企業に行かないほうがいい。 行くなら大企業。 せめて名のある企業。

キラキラした話ばかりしている人間ほど、実態が伴っていないことが多い。 今日の光景を見て、思わず苦笑してしまった。

僕は“自分軸”で春を待つ

他人の張りぼてに惑わされない。 肩書に酔った大人にもならない。

僕は僕の“自分軸”で、春の時期を見極めて行動する。 今日の出来事は、神様が「こういう人間になるなよ」と見せてくれたのだと思う。

神様、いつもありがとうございます。 明日も生存します。

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