ーーー実は心の余裕ができてるのかなぁ、、、
夏至の日が過ぎて、季節は一日一日と冬至へ向かっていく。 これから夏に入っていくというのに、自然のサイクルはすでに冬へ向かっているという不思議。日本には四季があるからこそ、この「逆行するような季節の流れ」を感覚として捉えられるけれど、季節のない国ではどんな感覚だったのだろう。 だからこそ、太陽の位置を探し、祈りを捧げていたのかもしれない。季節がないほうが、むしろ素直に自然の流れを受け入れられるのかもしれない。
四季がある日本では、暑さが増して夏が盛りを迎えていても、自然のサイクルとしてはすでに秋へ向かっている。 この「表と裏の季節感」が、時に理解しにくくて、つい深く考えすぎてしまう。そんな意味のないようなことまで考えてしまうのが、僕という人間なんだろう。
■ 夏至で手放したもの
今回の夏至で手放したのは、「決まることへの執着」。 物事を決めるのは相手があってのこと。僕がどうすることもできない部分は、相手に委ねる。仲介者がいるなら、その方に委ねる。そして最終的には神様に委ねる。
以前の僕は、自宅のお祈り所で紙に願いを書き、何度も何度も「お願いします」と唱えていた。 そうしているほうが安心だったし、何を信じていいか分からないから、とにかく力んで願い事を押し込むように祈っていた。
でも夏至を境に、祈り方を変えてみた。
「やれることはやっていると思います。あとは任せます。決めるためのことはやりました。」
そう切り替えてみたら、少しだけ楽になった気がする。 とはいえ、現実は苦しい。負の思考が頭の中をぐるぐる回ることも多い。
■ 音楽が戻ってきた
そんな中で、最近ほんの少しだけど、音楽を聴くようになった。 移動を電車やバスに切り替えたことで、イヤホンをつけて音楽を聴く時間が生まれた。
ここ8年ほど、僕はほとんど音楽を聴いていなかった。 理由は明確で、音楽を聴いていても仕事の電話が鳴れば必ず出なければならなかったからだ。 しかも電話の数は異常なほど多く、上司からの着信なら何があっても最優先で出なければならない。 立場が上がるほどその数は増え、こめかみが痛くなったり、めまいがしたり、脳がおかしくなりそうな時期もあった。
歯を食いしばって、命を削るように働いていた。 だから音楽は「リラックスできないもの」になり、最初から聴かないほうが効率が良かった。
組織を離れ、時間が経つにつれて気づいた。
「電話やLINEって、こんなにも鳴らないんだ……」
もちろん今でも卑怯者からの連絡は来る。 でも、仕事上“絶対に出なければならない電話”は一切なくなった。
あの世界は異常だった。 会議をしても相談しても解決しない。進展しない。 ただただ上司の自己満足のための連絡に付き合い、結局は自分で全部解決しなければならないシステムだった。
それでも学んだことは計り知れないほどある。
■ そして今日、マイケルジャクソンを聴いた
そんな過去があったからこそ、最近音楽を聴けている自分に気づくと、少し嬉しくなる。
今日は久しぶりに、マイケル・ジャクソンの “You Are Not Alone” を聴いた。 彼の曲は不思議と穏やかで、勇気をくれる。
今、音楽を聴いていても理不尽な電話が鳴らない。 これが一番嬉しいことなのかもしれない。
そして、あの時代を歯を食いしばって生き抜き、体を壊しながらも頑張っていた自分を抱きしめたい。
■ 祈りと願い
世界が平和でありますように。 こんなにも平和な国に生きているのに、借金があって、卑怯者からの連絡があって、苦しくて仕方ない。 それでも、戦争や貧困が少ない国で生きられていることは、やっぱり幸せなのかもしれない。
僕もこの苦しさを乗り越えて、同じように苦しみながら社会を生きている人にバトンを渡せる人になりたい。 卑怯者には冷静に対応し、その矛先が僕に向いていること自体が間違いだと証明したい。 今はまだ力がないけれど、必ず。
神様、いつもありがとうございます。 明日も生存する。
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