募金のデジタル化?

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近年の募金はデジタル化していた。

今月は時間の経過が異様に速く感じた。気づけばもう最終日。 年が明けてからずっと時間軸はゆっくりだったのに、今月だけは一気に駆け抜けたような感覚だ。

一般的には「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」と言われていて、最初の3か月はバタバタしてあっという間に過ぎる。 でも今年は生まれて初めて逆転現象が起きている。最初がゆっくりで、今月が速い。不思議だ。

■ 税金の滞納分を払いに行く朝

今日は朝から雨。 待ってくれない税金の滞納分を少しでも返そうと、銀行へ急いだ。

「きっと運気が巡ってくる。大丈夫。上手くいく。停滞してる流れを早められる。」

そう自分を鼓舞しながら、苦しい資金繰りを調整して戦っている。 無事に滞納分の1か所を終わらせた。

■ 駅前で見た“デジタル募金”

銀行の帰り、駅前でユニセフ系の募金活動をしている若い子たちがいた。 赤いビブスを着て呼び込みをしている。

イベント業界にいた経験から、 「あぁ、これはイベント会社に委託してるやつだな…」 と、つい裏側が見えてしまう。

学生が自主的に募金箱を持って立っているのとは違う。 ここに書くと色々起きそうだから深掘りはしないけど、思うところは多い。正直、苦笑いだ。

それでも募金をしようと思い、小銭入れを開けて差し出した瞬間、

「ありがとうございます。今は現金を受け取らないんですよ。アプリから寄付をお願いしていて…」

と言われて驚いた。

「そうなの?今の時代ってそこもデジタル化なんだね。ごめん、時間がないからまた機会があったら」

そう伝えて駅へ向かった。

■ 電車の中で考えたこと

「現金を受け取らない募金」 これって効率化だけじゃなく、着服リスクの排除が一番の理由なんじゃないかと思った。

現金の募金箱って、全額が団体に届く保証はない。 人の欲望は計り知れないし、ボランティアの名の下でも不正は起きる。

だからデジタル化は理にかなっている。

完全なボランティアなんて存在しない可能性が高い。 もちろん掘り下げないけど、色々あるのだろう。

街頭募金もここまで進化したのかと、しみじみ思った。

■ マクドナルドで見た“効率化の美”

帰りにスーパーへ寄ったが、目的の掃除グッズがなくて断念。 空腹だったのでフードコートのマクドナルドへ。

世界中の経営者が「体に悪い」と言っても食べたくなるマクドナルド。 僕も大好きだ(笑)

季節限定バーガーを食べ、コーヒーを飲みながらぼーっと店内を眺めていた。

すると、スタッフの動きが妙に気になった。

ポテトを箱に入れて、 ・トレーに置くとき ・紙袋に入れるとき で、手の持ち方が違う

「なんでだろう?」と観察していると、

袋に入れるとき、普通に持つとポテトの山が崩れる。 だから逆手のように見える持ち方で袋に入れているのだと気づいた。

手元は見えないのに、手の角度だけで 「これは持ち帰りだな」「これは店内だな」 と分かる。

これもまた、業務の効率化と伝統の積み重ねだ。

大企業はこういう“習慣化された最適化”がすごい。 だから不景気でも、何があっても倒れず経営を続けられる。

実に面白い。

■ 今日も嫌なことは起きる。それでも前に進む

今日ももちろん嫌なことは起きている。 卑怯者が卑怯なことをしてくる。

でも、大企業の経営者たちも、きっとこういう理不尽を乗り越えてきたんだと思う。

もし僕が本当に間違ったこと、人を不幸にすることをしているなら、 神様は強制終了を下すはずだ。

僕は神様、仏様、龍神様に守られていると思っている。

神様、いつもありがとうございます。 明日も生存する。

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