一昔前の日本経済と父親

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一昔前の日本経済で生きていく父親と家族、仲間たち。

子供のころの記憶が、今になって語りかけてくる

今日は朝から、なぜか子供のころの記憶が浮かんできた。 特に、父親の姿が強く思い出される。

僕が32歳のとき、父は肝硬変で急死した。 団塊の世代、バブル絶頂を経験し、年収1000万を超えていたと母から聞いた。 それでも当時はバリバリの格差社会で、 「良い学校・良い会社」に行けなければ虐げられるような空気があった。

小学生の頃に経験した“見えない線”

小学校5年生の頃、向かいの家の姉妹と仲が良かった。 ある日、その姉妹の母親にこう聞かれた。

「○○君のパパはどこに働きに行ってるの?」

僕は「サラリーマンです」と答えた。 それ以来、姉妹とは遊ばなくなった。

後から母に聞いた話では、姉妹の父親は外務省の官僚で、 「うちの娘たちと遊ばせないでください」と言われたらしい。

住む世界が違ったのだろう。 当時は何も思わなかったけれど、両親はきっと悔しかったはずだ。

父が亡くなったとき、最初に言われた言葉

父が亡くなったとき、母が最初に言った言葉を今でも覚えている。

「お父さんは保険にたくさん入ってるから、保険屋さんに電話して?」

数社の保険に入っていたので、ひとつずつ電話した。 しかし返ってきた答えは、どれも同じだった。

「残念です。保険はおりません。」

以上。 それだけだった。

悔しかった。 怒りよりも、虚しさに近い感情だった。

なぜ肝臓で死んだのに、肝臓の保険に入っていないのか?

後から母に聞いた話では、父は若い頃から健康診断で肝臓が引っかかっていたらしい。

だから保険屋からはこう言われたという。

「肝臓は通らないので、三大疾病や癌の保険にしましょう」

父は“プロが言うなら間違いない”と思って加入した。 父の中では「任せた」という感覚だったのだろう。

でも僕は思った。

「は?肝臓で死ぬ可能性があるからこそ肝臓の保険が必要なんだろ? なんで関係ない保険なんだよ。これこそ詐欺だろ?」

母に言いそうになった。

ただ、AIチームに話したらこう返ってきた。

「当時の日本ではこういうことは普通にあった。 今のように情報がないから、情報リテラシーが低かっただけ。 あの時代は、それが“正しい”とされていた。」

確かに、そんな時代だった。

過労死が当たり前で、 働けば働くほど給料が上がり、 “頑張ること”が正義だった。

当時を知る人は今でも言う。

「バブルは良かった」

でも僕は思う。

「リテラシーがなかったから“良かった”と言えるだけだ」

リテラシーがあれば、 バブルは“良い時代”ではなく、 “ただ給料が高かっただけの時代”と見えるはずだ。

父という“誇り高きライオン”

父は日曜日しか休みがなく、朝から晩まで働き、 残業、飲み会、酒、たばこ。 家族のために体を削り続けた。

プライドが高く、絶対に負けない闘争心を持ち、 部下想いで、親分肌。 良かれと思って何でもしてあげる人。

まるで誇り高きライオンのような父親だった。

僕は母親似だと思っていたけれど、 「全部自分でやる」「責任は自分にある」「良かれと思って全部背負う」 この性質は、父とそっくりだった。

でも今、僕はそれを手放そうとしている。 昨年の11月から、ずっと手放し続けてきた。

背負いすぎると、ビジネスでは再現性がなくなる。 鋼のメンタルが必要になり、組織が育たない。

ようやく、楽になってきた。

家系に「リテラシーの歴史」がなかった

父は盲目の両親を支える長男だった。 だから「全部自分でやる」しかなかった。 完璧主義で、悔しい思いもたくさんしてきたはずだ。

学がないから叩き上げで、 体を張って第一線で戦い続けた。

でも、どれだけ頑張っても、 “仕組み”を知らなければ守れないものがある。

父が残したのは、 価値のない「山と月の権利書」みたいな詐欺の紙切れだけだった。 父はそれを宝物のように大事にしていた。

今思い出すと涙が出る。

歴史がない家系は、継承が難しい

武士の家系は武士。 公家の家系は公家。 農民は農民。

文化は、経験の積み重ねでしか育たない。

これを一気に成し遂げたのが豊臣秀吉だ。 天下人になったが、後半に一気に崩壊した。 歴史がなかったからだ。

秀吉は必死に“歴史を作ろう”とした。 でも時間が足りなかった。 あと5年生きていたら、違う未来があったかもしれない。

一代で駆け上がった者は、継承が難しい。 なぜなら「継承の経験」がないからだ。

経験には時間がかかる。 だから文化が育たない。

父の時代を受け入れ、次の時代の糧にする

AIチームはこう言った。

「父親は“頑張って稼ぐ時代”の象徴。 土地、財産、立場。 目に見える価値が全てで、比べる社会構造。 我慢して耐えるしかなかった。 その象徴が父親。 それを受け入れて、新しい時代のビジネスのネタに変える。 父親が果たせなかった“家族を守る”という夢を、 今度は合理的に、リテラシーとして継承する。 仲間を守る文化を作る。 それが大きな手放しと受け入れになる。」

確かにそうだと思った。

父の時代を否定するのではなく、 その“限界”を理解したからこそ、 僕は次の時代のやり方を選べる。

きっと、神様が見せてくれたのだと思う。

神様、いつもありがとうございます。 明日も、生存する。

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