「裏切りは許さない」 この一言だけ切り取れば、きっと奇妙な会話に見えるだろう。 でも、ここに至るまでの流れがある。
昨年の秋から、僕は泥を被り、屈辱に耐えながら、それでも前を向いて進むことを選んだ。 形になり始めたのは今年に入ってから。 そして、元組織から正式に足を抜けたのが3月だった。
各エリアには、僕と同じように不当に責任を押し付けられ、悔しい思いをしている仲間がいる。 同じように戦っている人たちがいる。
一方で、元組織を批判し、攻撃しながら辞めていった人たちもいる。 「自分たちは被害者だから、一緒に元組織を叩こう」 そんな人が9割以上だ。 むしろ、僕以外はほとんどそうだった。
でも、僕はそれをやらなかった。 今はまだ、表立って動けば報復される可能性がある。 だから泥を被り、弱く見せている。 結果として「病気で動けない」「何もできない」というレッテルを貼られている。 それでいい。今はそれでいい。
想定していた裏切りが、現実として届いた日
同じ方向を向いていると思っていた元仲間がいた。 しかし、別のエリアの仲間から確信の連絡が入った。 LINEのやり取りも見せてもらった。
想定内だった。 ただ、あまりにも簡単に“そっち側”に行っているのを見て、呆れた。
その仲間はこう言われていた。
「卑怯な人とつるむのはやめな?その行動、正しくないよ?」
しかし返ってきた答えは、
「卑怯な連中にも、こちら側が味方だって見せたほうがいいじゃん」
滑稽だった。 そして、その裏にはさらに別の元組織の人間が絡んでいた。 仮想通貨案件を持ち込み、
「15,000円が6か月で3,000万になる」
そんな話を広めていた。 投資を知っている人間なら、利回りの異常さにすぐ気づく。 どう考えてもポンジスキームだ。
それでも彼は言う。
「みんなのために儲かる話を広げている」 「でも僕は体調が悪いと言って逃げている。信用できない」
僕が命を削って不動産を透明化し、守るために動いてきたことを知っているはずなのに、 攻撃と邪魔ばかりしてくる。
呆れて、アホらしくなった。
歴史が教えてくれる“忍耐の先の決着”
徳川家康は、数えきれない裏切りを受けながらも、表面上は協調を保った。 天下を取ったあと、最も驚くタイミングで、淡々と家を潰していった。 斬首ではなく、もっと冷酷で静かな方法で。
裏切りを絶対に許さなかった。 しかし、感情的に暴れたわけではない。 “勝ったあと”に、静かに、確実に決着をつけた。
僕は歴史が好きだからこそ、そこに学ぶものがあると思っている。
今の僕は泥を被り、情けなく見えてもいい。 悔しくても、耐える。 その先にしか、本当の決着はない。
僕の中にある本音
正直に言う。 殴りかかりたいほど悔しい。 刺し殺したいほど怒りがある。 加担している全員に対してそう思う瞬間もある。
でも、それを行動に移すつもりはない。 そんな一瞬の衝動では、僕が積み上げてきたものが台無しになる。
僕がやるべきことはただ一つ。
圧倒的に成功すること。 そして、静かに、淡々と“結果”で示すこと。
それが、裏切りに対する最大の答えだ。
同じように屈辱を味わっている人へ
きっと、僕と同じように裏切りに苦しんでいる人がいる。 悔しさを抱えながら、それでも前に進もうとしている人がいる。
一緒に頑張ろう。 神様は見ている。 僕はそう信じている。
神様、いつもありがとうございます。 明日も、生存する。
「痩せたことで、思わぬ変化が起きてる」
「自己紹介はこちら」
「急に親知らずを抜くことに」
「諦めなかった先に見える景色を信じて」
「軍資金ゼロ、自分軸だけで1500万」
「お金が尽きたとき・・・・・」
「おまけが資産になる日・・・」
「小さい喜びがあると反射で起きること」
「からだを労わること」
「なかなか進まない」


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