今日は仲間の援護のために同行の契約。 昼前に駅に向かい、いつものように電車で移動。相変わらずの満員電車……昼なんですけどぉ……と思いながら、何度か乗り継ぎをして1.5時間で目的の駅に到着。
仲間が駅まで迎えに来てくれて、そこからは車で移動。お客様の自宅へ到着した。
玄関で目に飛び込んできた「古代の花」
玄関で最初に目に入ったのは―― 「あっ!この花!」
そこにあったのは、古代の花。江戸時代に特に流行り、徳川家康が江戸に幕府を開く際、最初に床の間に飾ったといわれる万年青(おもと)。 しかも、花が咲いている。
「これって、なかなか咲かないんですよね?」と聞くと、 「そうなの。ずっと咲かなくて、今年初めて咲いたの」と教えてくださった。
なんと、このタイミングで。 縁起が良すぎではないか。
忘れていた記憶が蘇る
10年近く前、万年青が欲しくてたまらなかった時期があった。 会社を設立したときに購入して……見事に枯らしてしまった苦い記憶。
僕は観葉植物が好きなのに、いつも枯らしてしまう。まともに育て上げたことがない。
しばらく玄関の万年青に魅せられて動けなかった。 「いいなぁ、いいなぁ」 心の中でずっとそれが巡っていた。
植物はいつも“身代わり”になってくれていた
僕はこう思っている。 いつも僕の身代わりに植物がなってくれている、と。
たくさんの人の念を持ち帰っているんだろうな、と。
お客様と話をしていても、契約の話はきちんと進み、無事に事なきを得た。
その時に言われたのが、
「たくさんの方と話をしていて、何とかしてあげようとか、全部を自分が背負おうとしてはいけないよ。 良かれと思って全部やってあげるなんて、絶対に無理なんだからね?」
70代のご夫婦が、息子を見るような目でそう言ってくれた。
確かに僕はずっとそれをやってきた。 実際にそれで体が壊れたし、それが悪縁にもなっていた。 本当にその通りだと思った。
だからこそ、植物たちが身代わりになってくれていたんだ。
万年青を迎えるべきなのか?
帰宅して久しぶりに万年青をPCで眺めていたら、やっぱり欲しくなる。 でも「また枯らしてしまう」と思うと、購入する気にはなかなかなれない。
徳川家康もきっとたくさん念を食らっていただろうし、だからこそ神社やお寺での参拝、観音様を持っていたのだろう。 きっと身代わりになってくれていたんだと思う。
今日は、もしかしたらその万年青を見るために呼ばれたのか。 それとも「自宅に迎えなさい」というサインなのか。 なんだか気になる一日だった。
神様、いつもありがとうございます。 明日も生存する。
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