今日は、いわゆる「3.11」。
東日本大震災が起きたのは、2011年3月11日14時46分。もう15年も前のことになる。もちろん、他にも神戸の震災などもあったけれど、この3.11は「津波」という恐怖が、おそらく初めて如実に現れた日だったと思う。
映像を見ても、強烈で、すごい勢いで津波がやってきて、あっという間に街を飲み込んでしまう。まるで映画の世界のようなシーンだった。
あの日の記憶
当時、30歳前半だった僕は、たまたま仕事が休みで、リアルタイムでその映像を見ていた。東北では大惨事が起きていたけれど、関東、東京も大きな被害を受けていた。
羽田空港の滑走路にひびが入ったり、東京ディズニーランドの地盤が割れたという報道もあった。海外からの支援では、台湾が一番早かったとも言われていた。
でも、あのときの僕は、何もできなかった。同じ日本で起きているのに、どこか遠くて、実感がわかない。何かできることはあるのか?と考えることすらできなかった。そんな人生だった。
それから15年
月日が流れて、もう15年。
最近、新聞で「いまだに仮設住宅で暮らしている人がいる」「支援が必要な人が増えている」という記事を読んだ。正直、驚いた。「いまだに?あれからこんなにも時がたつのに?なぜなんだ?」
政治はたくさんの支援や予算を組んで、現地の方々をサポートしているとTVでは報道されている。でも、現実はこんなにも差があるのか。胸が締め付けられた。
今の自分と、これから
僕自身、今はお金にすごく苦しんでいる。だけど、ようやく「もう一度立ち上がる」「必ず成功する」って決めたところ。激安スーパーに助けられながら、今を必死に生きてる。
でも、現地の方々は、もっともっと苦しいはず。何かしたくても、今の僕には力がない。それが悔しい。でも、それもただのエゴかもしれないって思う。
だからせめて、今日という日を忘れないようにしたい。少しでも気持ちを込めて、手を合わせて黙とうをした。
生きること、つなぐこと
いまだに現地で頑張っている方々へ。
僕は違う状況ではあるけれど、同じように必死で生きています。どうか、生きてください。僕が成功したら、必ず力になれることをします。だから、どうか踏ん張ってください。
でかいことを言ってると思われるかもしれない。でも、僕もたくさんの方々に助けられて、今があります。その恩を、たくさんの人にリレーしていきたい。
今日という日を、これからも忘れずに生きていきたい。明日も、頑張って生存する。どんなに泥くさくてもいい。そんな気持ちで、これからも前に進んでいきます。
「痩せたことで、思わぬ変化が起きてる」
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「継続の難しさと、僕の小さな成功体験」


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