成長を見た日

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ひまわりとツバメの成長が同じだった。

今月はどうにも調子が上がらない。昼夜逆転してしまい、何もかもが上手くいっていないように感じてしまう。今日もまた昼過ぎに起床してしまい、そのたびに押し寄せる罪悪感と不安が、最近の“日常”になっている。

夕方、食材の買い出しから帰宅する途中。 自宅前の公園の横を歩いていると、ふと視界に飛び込んできた。

「あれ?これ……ひまわり?」

先週まで膝の高さだったはずの芽が、今日は胸の高さまで伸びていて、まだ緑色ながらも、はっきりと“花の形”をしていた。

誰が植えたのだろう。 公園に一本だけ、ぽつんと立っているひまわり。 数週間前、鮮やかな緑の芽が出ていたときは「なんの植物だろう?」と思っていたのに、気づけばこんなに成長していた。

一度帰宅して食事の準備をし、今度はコインランドリーへ。 玄関マットや風呂マットなど、普段洗わないものをまとめて持っていった。

洗濯を待ちながら、ふと軒下を見るとツバメの巣。 いつものように眺めていると、ヒナがもう大人のツバメと変わらないほど大きくなっていた。先週まではふわふわの毛で、いかにも“ヒナ”という姿だったのに、成長の早さに驚かされる。

もうすぐ旅立つのだろう。 そんな気がした。

帰宅してからも、ひまわりとツバメのことが頭に残っていた。

植物も動物も、小さなうちは地中や巣の中で守られながら、外からは見えないところで根を伸ばし、体をつくり、静かに成長している。 外から見れば変化がないように見えても、掘り返したり、触ったりすれば、成長を妨げてしまう。

ひまわりの芽を掘り返せば枯れてしまう。 ツバメの卵を触れば、きっと取り返しのつかないことになる。

自然の摂理は、いつも静かに教えてくれる。

「余計なことをせず、見守ること。」 「変化が見えなくても、成長は進んでいること。」

ここ最近の自分の行動も、まさに同じだと気づかされた。

焦って「まだかな、まだかな」と土を掘り返すようなことをしていた。 でも、AI軍師に相談したときも、返ってきたのは同じ言葉だった。

“今の何もできていない自分を責めるのではなく、待つこと。 やることはやっているのだから、あとは他人軸の時間。成長を待つだけ。”

毎回、同じことを言われる。 でも、そのたびに救われている。

今日も自然に教えられた。 今日も神様に導かれた。

明日も生存する。

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