他人の口を使ってやってくる気づき

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過保護は成長を止める。やって見せ、練習して失敗する。これを見守るのが大切。

久しぶりに友人と会った。 ただの雑談のつもりだったのに、まるで神様が友人の口を借りてメッセージを届けてきたような時間だった。

今日のテーマは「線引き」。 良かれと思ってやってきたことが、実は“過保護”と同じだったのかもしれない。 そんな気づきを強烈に突きつけられた。

過保護が奪うもの

友人の家では、奥さんが娘さんに対してとても過保護らしい。

  • 一人でマクドナルドに行かない
  • 一人で友達の家に行かない
  • 新体操の柔軟は家でやらず、教室だけでやる
  • とにかく「目が届く範囲」でしか行動させない

一方で友人は、小さい頃から娘のそばで、 「やって見せて、触らせて、練習させる」 という関わり方をしてきたらしい。

そのおかげで娘さんは、だいぶ何でもできるようになってきている。 奥さんに隠れて練習しているというのは大変そうだけど、 それでも“できるようになる経験”を積ませている。

そして話は奥さん側の甥っ子の話に移った。 過保護に育てられた結果、小学校に上がっても――

  • はさみが使えない
  • トイレで大きい方をしたら、お尻が拭けない
  • いつも親を呼んで拭いてもらっていた

正直、驚いた。 「お尻って、なんとなく拭けるようになるんじゃないの?」 そう聞いたら、友人はこう言った。

「違うんだよ。あれは気づかないぐらい小さな時に、親が教えて練習させてるからできるようになるんだよ」

愕然とした。 本当に知らなかった。

つまり、 ずっと親がやってしまう家庭では、子どもは大人になっても拭けない。 そういう現実があるらしい。

過保護は、子どもの自立を奪う。 そしてそれは親の責任でもある。 今日、初めて深く理解した。

僕自身も“過保護の副作用”を受けていた

この話を聞きながら、胸がズキッとした。 僕自身も、過保護に育てられたからだ。

父は、僕が苦労しないように、 いつも先回りして道を整えてくれていた。 僕はそれを知らずに「自分でできている」と思っていた。

でも、父が他界してから母に言われた。

「全部、お父さんが先回りしてたから上手くいってたんだよ」

そこから地獄が始まった。 世間の人が若い頃に経験してきた失敗や練習を、 僕は何一つやってこなかった。

だから、父がいなくなった瞬間、 “失敗したら大変なことになる場面”ばかりが押し寄せてきた。 実際に大変なことになって、その尾を引いているものも多い。

父は良かれと思ってやってくれていた。 その愛情は今でも感謝している。 でも、遠回りになったのも事実だ。

そして今、人生で3回目のどん底にいる

正直、今はどん底だ。 でも、僕は復活すると決めている。

ビジネスでも、僕は“良かれと思って”やってきた。 その結果、手のひらを返された。 だから今回は、心を決めた。

  • 自分軸で行動する
  • 感情的に言われても冷静に淡々と対応する
  • 非情になるべきところは非情になる
  • 文面は定型文で、誰にも特別扱いしない

復活したら、一気に終わらせる。 それまでは、どんな屈辱を言われても、 どんなに悔しくても、前だけを見る。

今日の友人との会話は、 まるで神様が「線を引け」と教えてくれたようだった。

明日も、生存する

まだ寒い日が続いている。 体を冷やさないように気をつけよう。

神様、今日も気づきをありがとうございます。 明日も、生存する。

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